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岸田劉生
Ryusei Kishida

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作品

プロフィール

1891 東京銀座生まれ
1906 キリスト教に入信
1908 黒田清輝が指導する白馬会葵橋洋画研究所へ入り、油絵を学ぶ
1910 第4回文展で《馬小屋》《若杉》を初出品、入選する
1911 雑誌『白樺』に触れ、ゴッホ、セザンヌなどに強い関心をいだく
1912 バーナード・リーチ、武者小路実篤、柳宗悦らと交友を重ねる
               高村光太郎、萬鉄五郎らとヒュウザン会を結成し、第1回展に14点を出品する
               このころゴッホをはじめとする後期印象派の影響を受ける
1913 《自画像》の連作をはじめる
               第2回ヒュウザン会に《自画像(外套を着たる)》など19点を出品する
               展覧会終了後退会、事実上の解散となる
               小林蓁と結婚する
               作風は後期印象派から離れ、次第にデュ―ラ―らからの〈クラシックの感化〉時代に移行する
1914 長女麗子が生まれる
               2度目の個展を開き20点を出品、個展主義的傾向を示す実験的な作品を残す
               巽画会第14回展に新設の洋画部の審査員となり、10点を出品する
1915 巽画会15回展で審査員をつとめ《断崖と海》《肖像》を出品する
               現代の美術社主催第1回美術展に油彩画10点と素描46点を出品する
               (2回目以降は草土社展と名称変更、毎回出品)
1916 肺結核と診断され、東京市外の駒沢村(現世田谷区)へ療養のため転地
1917 第4回二科展で二科賞を受賞
               神奈川県藤沢村鵠沼へ転居。静物画など室内制作に集中
1918 娘・麗子を描いた最初の作品《麗子五歳之像(麗子肖像)》が完成
1920 自選画集『劉生画集及芸術観』を刊行
1921 第3回帝展に出品
1923 関東大震災を機に京都へ移る。のち鎌倉へ転居
1929 大連、奉天、ハルビンへの旅行の帰路、山口県徳山で急逝。享年38歳

展覧会

2015 新春名品展 〜日動画廊88年を彩った作家たち〜(日動画廊/東京)

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